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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)3478号 決定

債権者

南克幸

債権者代理人弁護士

田窪五朗

債務者

日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役

児島仁

右代理人支配人

見淵俊二

債務者代理人弁護士

真砂泰三

岩倉良宣

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一事案の概要

本件は、債務者に雇用されていた債権者が、同僚に対する暴行や、上司を中傷するビラの掲出等の行為を理由として諭旨解雇されたところ、右解雇事由に相当する事実はないこと、債権者に対して弁明の機会を与えなかったこと等を理由として、債務者の従業員たる地位の保全及び賃金相当額の仮払いを求めた事案である。

申立の趣旨及び当事者の主張は、本件記録中の債権者の地位保全仮処分申立書、申立の趣旨訂正申立書、一九九四年一二月一四日付け及び同月二一日付け各主張書面、一九九五年四月二八日付け及び同年五月八日付け各準備書面、債務者の答弁書、平成六年一一月二八日付け、同年一二月一四日付け、平成七年一月一七日付け、同年四月二八日付け及び同年五月二日付け各準備書面記載のとおりであるから、これらを引用する。ただし、債務者の主張する諭旨解雇の事由は、平成六年一一月二八日付け準備書面並びに同年一二月一四日付け準備書面第二項及び第三項記載の各事実に限られる。

第二裁判所の判断

一  基本的事実関係(当事者間に争いのない事実のほかは、〈証拠略〉により疎明される。)

1  債務者は、国内電気電信事業を経営することを主たる目的とする株式会社であり、その社員就業規則(以下単に「就業規則」という。)六九条には、懲戒事由として、「(1) 法令又は会社の業務上の規程に違反したとき」、「(3) 上長の命令に服さないとき」、「(4) 職務上の規律を乱し、又は乱そうとする行為があったとき」、「(5) 故意に業務の正常な運営を妨げる行為があったとき」、「(11) 社員としての品位を傷つけ、又は信用を失うような非行があったとき」と規定されているほか、「(13) 職場規律に違反する次の行為あったとき」として、「ア みだりに欠勤し、遅刻し、若しくは早退し、又は直属上長の承認を受けないで、執務場所を離れ、勤務時間を変更し、若しくは職務を交換したとき」、「イ 他の従業員を誘い、又は強要して、欠勤、遅刻若しくは早退をさせ、又はその就業を妨げたとき」、「カ 会社施設内において、許可なく演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配布その他これに類する行為をしたとき」、「キ その他、会社施設内において、風紀秩序を乱すような言動をしたとき」、「(14) 非行について再三注意されてもなお改しゅんの情がないとき」と規定されている。

2  債権者は、昭和四六年四月一日付けで、債務者(ただし、当時は日本電信電話公社)に採用された。

3  債権者は、平成二年二月、債務者大阪淡路支店お客様サービス部営業担当となり、平成三年四月一日付けで、淀川支店東淀川営業所営業担当となった。

4  債権者は、債務者から、後記5の諭旨解雇に至るまで、毎月二〇日かぎり賃金の支給を受けており、その平成六年七月から九月までの平均は、月額四〇万八七九八円である。

5  債務者は、平成六年一〇月一三日、同日付けをもって債権者を社員就業規則六九条により諭旨解雇とする旨意思表示した(以下「本件解雇」という。)。その辞令書には、諭旨解雇の理由として、「平成二年二月下旬、大阪淡路支店お客様サービス部在職中、大阪淡路ネットワークセンタ労務厚生課長に対する嫌がらせ行為をはじめ、平成四年一一月九日東淀川営業所において、同僚社員に対し暴行をふるったことにより、平成六年一一月二四日暴行罪により罰金刑に処せられ、さらに、平成五年四月一九日から二二日にかけ、同僚の誓約書、所長・課長を誹謗中傷するビラを社内外に掲出するなど、過去三年間に亘り、勤務時間の内外を問わず、会社の秩序風紀を乱し、職場規律の維持及び正常な業務運営を妨げる行為を反復継続し、惹起せしめたことの責任は極めて重く、日本電信電話株式会社社員就業規則第六九条第一号、第三号、第四号、第五号、第一一号、第一三号―ア項、イ項、カ項、キ項及び第一四号に該当するので上記のとおり処分する。」と記載されている。

二  解雇事由の有無

1  (証拠略)(後記不採用部分を除く。)及び(証拠略)によれば、債権者は、平成二年二月二〇日、旧知の今川稔が債務者会社の淡路ネットワークセンターに部長として転勤して来たことから、挨拶に伺うため、同センターに赴いたが、池田総務課長による右部長の所在の指示が誤っていたことに立腹し、同課長に対し大声で抗議したので、和田浩二労務厚生課長(以下「和田課長」という。)及び高橋労務厚生係長が止めに入ったところ、和田課長に対し、「この喧嘩はお前が買うんやな。」等と申し向け、その後、同年三月一〇日午前九時三〇分すぎころ、和田課長宅に嫌がらせの電話をかけたほか、同日、和田課長に対し、「あんたのしたことは、家族全員に責任がある。妻、子供、両親を連れてきて、俺の前で土下座をして謝れ。」等と暴言を吐き、さらに金員を要求し、「一〇万円くらいだけど半分にまけといたる。月賦でもよい。」等と暴言を吐いたことが疎明される。そして、(証拠略)及び債権者本人尋問の結果(以下「債権者供述」という。)中、右疎明に反する部分は採用できない。

債権者の右行為は、就業規則六九条(4)、(11)及び(13)キに該当する。

2  (証拠略)によれば、債権者は、平成三年二月六日午後一〇時ころ、債務者の大阪淡路支店の山田営業課長及び生駒新太郎副支店長と居酒屋で飲酒雑談していたところ、同副支店長から「良い仕事をしようと思えば、まず家庭を持つ人生が必要だ。」という趣旨のことを言われたことに立腹し、同日の深夜から同月二五日までの間、多数回にわたり、債務者の業務用電話を使用し、ときには呼びっぱなしにするなどして、同副支店長の自宅に嫌がらせの電話をかけ、その言葉使いが暴力団員風であったことから、同人の妻がノイローゼ気味となったことが疎明される。そして、(証拠略)及び債権者供述中、右疎明に反する部分は採用できない。

債権者の右行為は、就業規則六九条(5)及び(11)に該当する。

3  (証拠略)によれば、債権者は、平成三年三月六日午前八時三〇分ころ、債務者の大阪淡路支店で同僚の高木勝浩(以下「高木」という。)がコンピュータの立ち上げをしていた際、同人に対し、お客様フロアの照明が点いていなかったことをとがめたところ、同人から、「私も遊んでるんちゃいますねんで。」等と言われたことに立腹して同人と喧嘩になったこと、その後、横田副支店長及び山田営業課長らから注意を受けると、「これは個人と個人の戦争だ。組織は関係ない。事の発端となった高木の行為は許されない。誠意を見せろ。」の一点張りで、その後、二、三日の間に、高木の自宅に無言電話を少なくとも四〇〇回かけたことが疎明される。

これに対し、債権者は、無言電話をかけた事実を否認し、(証拠略)並びに債権者供述中にもこれに副う部分があるけれども、(証拠略)(高木作成の陳述書)においては、債権者が無言電話をかけた事実について、具体的で迫真性に富む供述がみられ、(証拠略)は全体として信用性が高いものと考えられる。また、債権者は、高木が後に自分の非を認めて債権者に謝罪し、食事に誘ったと主張するところ、(証拠略)によればこの事実自体は疎明されるのであるが、(証拠略)によれば、高木が債権者に謝罪し、食事に誘ったのは、危害の継続を恐れて、不本意ながら行ったものであることが疎明されるから、右の事実をもって、債権者の行為に関する前記疎明を覆すことはできない。したがって、(証拠略)並びに債権者供述中、前記疎明に反する部分は採用できない。

そして、債権者の右行為は、就業規則六九条(11)及び(13)キに該当する。

4  (証拠略)によれば、債権者は、平成三年九月一八日、同僚の西村章(以下「西村」という。)の運転する自動車に同乗中、車内に置いていた紙コップが倒れて中のコーヒーが債権者の足元にこぼれたことから、同月二一日、西村に対し、靴下代一〇〇〇円と迷惑料一万円を支払えと要求し、同人が応じないとみるや、同日午後には、迷惑料の要求を五万円に値上げした上、同月二四日から、同年一一月末まで、同人宅に及び子供の通学している学校に嫌がらせの電話をかけたほか、同月二七日には、同人宅に押しかけて、近所の迷惑になるような大声で罵声を浴びせたことが疎明される。そして、(証拠略)並びに債権者供述中、右疎明に反する部分は採用できない。

債権者の右行為は、就業規則六九条(11)に該当する。

5  (証拠略)によれば、平成四年一月二三日、債務者の淀川支店及び東淀川営業所の新年会で、営業担当主査の育成が話題となった際、獅子田治雄東淀川営業所長(以下「獅子田所長」という。)が、債権者を隣に置いた方が行動がよく分かる旨発言したところ、債権者は、翌日、所長室を訪れ、同所長に対し、「今日から所長の横で仕事をするが、俺の席はどこか。」と申し向けたところ、同所長から、話の趣旨が違う旨回答され、さらに、その場で、営業の仕事のやり方について指導を受けた過程で、同所長から「お前」と呼ばれたことに激昂し、「全面戦争だ。徹底的にやる。俺は戦争だと言ったら徹底的にやるからな。」と暴言を吐いたこと、その後、同所長が営業担当女子社員と接する際、髪に触れることがあったことについて、同所長に対し、アルサロのホステスと思っているのかと言って、この事実を妻に告げてやると申し向けた上、同所長の妻にその旨の電話をしたことが疎明される。そして、(証拠略)並びに債権者供述中、右疎明に反する部分は採用できない。

右のように、獅子田所長が女子社員の髪に触れる行為をしていたことについては、問題なしとしないにせよ、この事実を同所長に対する報復目的でその妻に告げる行為が相当でないことは明らかであり、右疎明に係る債権者の行為は、全体として、就業規則六九条(11)及び(13)キに該当する。

6  (証拠・人証略)(以下「山添証言」という。)及び(人証略)の証言(以下「向阪証言」という。)によれば、債権者は、平成四年一一月九日午前一〇時ころ、東淀川営業所二階事務業務室において、同僚の山添裕史(以下「山添」という。)に対し、訃報連絡票をコピーして回覧するよう指示したが、同人が、自分の回覧印が見つからないため供覧が遅れたことに立腹し、同人の頭部をこづき、これに対し、同人から「警察を呼びますよ。」と言われたところ、同人の上着両襟付近をつかんで引っ張って椅子から立ち上がらせ、さらに同人の下腹部を膝で蹴る暴行を加えたこと、この暴行により、債権者は、略式命令により、罰金七万円に処せられ、右裁判は確定したことが疎明される。そして、(証拠略)並びに債権者供述中、右疎明に反する部分は採用できない。

山添証言及び債権者供述によれば、山添は、従前から仕事上のミスが多かったことが疎明されるけれども、このことをもって、債権者の右行為が正当化されるものではないことは明らかであり、債権者の右行為は、就業規則六九条(11)及び(13)キに該当する。

7  (証拠・人証略)によれば、債権者は、同日午前一〇時五〇分ころ、山添に対し、右6の暴行に関して、「南さんが私に暴力を振るったように言われてますけど、あれは愛の鞭です。暴力ではありません。今後とも南さんに御指導をお願いするつもりです。」旨の文書を書けと指示し、同人は、拒絶すると何をされるか分からないと畏怖して、右のような趣旨の文書(債権者宛のもの及び淀川支店長宛のもの二通)を作成の上、同日午後一時すぎ、債権者に交付したことが疎明される。

これに対し、債権者は、右の指示にあたっては、何ら暴行や脅迫等は加えておらず、山添の右文書の作成は、その自由意思によるものであると主張し、(証拠略)及び債権者供述中にも、これに副う部分がある。そして、なるほど、右の指示にあたり暴行や脅迫がなされたことについての疎明はないのであるが、山添証言にも照らすと、前記疎明されたような従前の債権者の言動からすれば、明示的に害悪を告知しなくても、山添において、債権者の指示に反すれば、どのような危害を加えられるか分からないと畏怖するのも無理からぬところであって、債権者の右指示は、いわば黙示的な強要行為として、就業規則六九条(11)、(13)イ及びキに該当するものというべきである。したがって、債権者の右主張並びに(証拠略)及び債権者供述中これに副う部分は採用できない。

8  (証拠略)並びに山添証言によれば、債権者は、平成五年四月一三日午後一時三〇分ころ、山添に対し、仕事のミスが多く、東淀川営業所では無用であるから、転職希望調書を書けと指示してこれを書かせたことが疎明される。

これに対し、債権者は、右の転職希望調書の作成は山添の自由意思によるものであると主張するが、この主張が採用し難いことは前記7で説示したところと同様であり、債権者の右指示は、黙示的な強要行為として、就業規則六九条(11)、(13)イ及びキに該当するものというべきである。そして、(証拠略)並びに債権者供述中、右疎明に反する部分は採用できない。

9  (証拠・人証略)によれば、債権者は、平成五年四月一六日ころ、山添に対し、「本日から心をいれかえて基本動作基本作業を確実に実行します。以前とかわらなければ責任を取って退職いたします。その時期は南さんにおまかせします。」との誓約書を書くよう指示したこと、山添は、これを拒絶すれば、どのような危害を加えられるか分からないと畏怖して、同日付けで右の誓約書を書いて署名押印した上、債権者の指示により、周囲の従業員に対して読み上げるとともに、同月一九日朝のミーティングで読み上げることを約束させられたことが疎明される。

これに対し、債権者は、右の読み上げ行為を否認するほか、山添の各行為は、その自由意思によるものであると主張するが、この主張が採用し難いことは前記7で説示したところと同様であり、債権者の右指示は、黙示的な強要行為として、就業規則六九条(11)、(13)イ及びキに該当するものというべきである。そして、(証拠略)並びに債権者供述中、右疎明に反する部分は採用できない。

10  (証拠・人証略)によれば、債権者は、山添が、平成五年四月一九日朝のミーティングにおいて、右9の誓約書を債権者が指示した通り読み上げなかったことに立腹し、「誓約書の内容と違う。字も読めないのか。犬よりも劣る。脳の移植をしてもらえ。」等と暴言を吐いたこと、そして、これが向阪課長の指導によるものであることを知るや、この指導は、債権者がこのことにつき山添を叱責して退職に追い込ませるのが目的であると邪推し、翌二〇日朝のミーティングの際、「向阪は山添を罠に掛けて辞めさせようとしている。誓約書を社内外に貼る。山添の寮にも貼る。」と宣言し、高橋義昭東淀川営業所長(以下「高橋所長」という。)及び松崎宏允総務担当課長(以下「松崎課長」という。)による制止を無視して、山添の誓約書のコピーを東淀川営業所ビル内に八枚貼付したこと、さらに、債権者の勤務時間中である同日午後一二時二〇分ころから一三時ころにかけて、昼休み中の鈴木清嗣主査に指示して社用車を運転させ、「NTT東淀川営業課長の向阪は、社員の山添をワナにはめて退職に追いこもうとしている。」と記載された、向阪課長を誹謗中傷するビラ六枚を同営業所周辺及び淀川支店周辺に貼付したことが疎明される。そして、(証拠略)及び債権者供述中、右疎明に反する部分は採用できない。

債権者の右ビラ掲出行為は、右のような経緯によるものであり、正当の理由を全く欠く、言論の自由とは程遠いものであって、向阪課長の名誉を毀損し、債務者の信用も失墜させる行為である。したがって、右疎明に係る債権者の行為は、就業規則六九条(3)、(4)、(11)、(13)ア、イ、カ及びキに該当する。

11  (証拠略)によれば、平成五年四月二一日朝、右10のビラが債務者側により撤去されたことに立腹し、東淀川営業所所長室を訪れ、居合わせた高橋所長、向阪課長及び松崎課長に対し、「ビラを剥がしたのはお前らやろ。それなら更にビラを増やす。」と言い放ち、勤務時間中である午前一〇時四五分ころから、右10の文言に向阪課長の自宅の電話番号を付記したビラ及び「NTT東淀川営業所長高橋義昭は憲法違反をした。」との文言に同所長の自宅の電話番号を付記したビラを作成した上、同日午後、半日年休を取得して、このビラ二六枚を淀川支店、東淀川営業所及び高橋所長宅(吹田市千里山)周辺に貼付したこと、さらに、翌二二日午前八時すぎころには、右同様のビラ一〇枚を阪急下新庄駅から東淀川営業所までの通勤経路の電柱等に貼付したことが疎明される。そして、(証拠略)及び債権者供述中、右疎明に反する部分は採用できない。

債権者のこの行為は、就業規則六九条(11)、(13)ア、キに該当する。

12  (証拠略)並びに山添証言によれば、債権者は、平成五年四月二一日、高橋所長に右11のとおり言い放った直後である午前八時二六分ころ、東淀川営業所三階ロッカー室で更衣中、山添が出勤して来てロッカー室に入室したのを発見するや、同人に対し、「こら、お前何しに来とんや。お前みたいな奴、おってもおらんかっても一緒や。出て行け。」と申し向けた上、同人の服の両前襟をつかんで、その下腹部を蹴ろうとしたところ、これを防いだ同人の右手甲に足が当たって、同人に対し、通院加療七日間を要する右手関節打撲の傷害を負わせたことが疎明される。

これに対し、債権者は、右暴行の事実を否認し、(証拠略)並びに債権者供述中にも、これに副う部分がある。しかし、(証拠略)によれば、山添が右の傷害を負ったことは明らかであるところ、(証拠略)によれば、同人は、右同月二一日に直ちに診断書(〈証拠略〉)の作成を受けた上、翌二二日には高橋所長らと共に警察へ出頭して右暴行傷害の事実を申告して、債権者に対する処罰を求めているのであって、かような事実経過からすれば、右の山添の傷害が、債権者の行為以外の原因に基づくものとは考えにくい。なお、債権者が、山添の両前襟をつかんだまま、下腹部を足蹴にすることは、債権者の腕がある程度伸びた状態ならば不可能ではないから、(証拠略)及び山添証言中の右暴行の態様に関する部分は、必ずしも不自然とはいえない。したがって、(証拠略)並びに債権者供述中、右疎明に反する部分は採用できない。

三  本件解雇の相当性について

債権者は、以上のとおり、相当長期間にわたり、債務者会社の内外において非違行為を繰り返してきたものであって、その動機や態様に照らすと、(証拠略)により、債権者が、職場において、その業務内容の改善等についてある程度積極的に提言等をしていたことが疎明されることを考慮に入れても、なお、債権者に対して諭旨解雇をすることは、やむを得ないものというべきである。

四  手続違背等の主張について

1  債権者は、本件解雇にあたって、債務者は何ら債権者に弁解の機会を与えていないから、本件解雇には手続上の瑕疵があって無効であると主張する。しかし、懲戒の性質を有する解雇にあたり、告知聴聞の手続を経ることを要すると解すべき明文の法的根拠はなく、この手続を経なかったからといって、当該解雇が必ずしも無効となるものではないと解すべきであるから、債権者の右主張は失当である。

2  また、債権者は、前記二6の行為に関し、債権者が上司から口頭により注意を受け、債権者も債務者宛に誓約書を作成して提出していることをもって、譴責(就業規則七〇条(5))又は訓告(七一条)に該当するから、本件を重ねて諭旨解雇の事由とすることは二重処罰にあたり、許されないと主張する。しかし、右が就業規則上の譴責又は訓告に当たることについては必ずしも疎明がない上、仮にこれが譴責又は訓告に当たるとしても、前記のとおり、就業規則六九条(14)においては、「非行について再三注意されてもなお改しゅんの情がないとき」と独自の懲戒事由を規定しているのであって、この場合には、前記二6の後の債権者の各行為が右就業規則六九条(14)に該当するものとして、諭旨解雇に相当するものと判断されるから、いずれにせよ、債権者の右主張は採用できない。

五  結論

以上によれば、本件解雇は有効であり、債権者は、既に債務者の従業員たる地位を喪失していることとなる。よって、争いある権利関係についての疎明がないので、本件申立を却下することとする。

(裁判官 原啓一郎)

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